そうかそう言う考え方があったか

意見を個人の信条に基づき表明するのは自由である、誰に指図されるものではない。その考えの下、朝日新聞は記者名を明記したうえで下記意見を社として認めて表明したものと考えていいだろう。

「天皇から国民へと主権が移った日本国憲法では、天皇制は改正の手続きを踏めば廃止すらできる。 しかし、平成の30年を通じて天皇が個人として存在感を高め、尊敬と好感を集めた結果、主権者の意思で象徴天皇制のあり方を決められることが忘れ去られてはいないだろうか。(高橋美佐子) 」

しかしよく読むと恐ろしい意見である。国民主権の視線で考えれば、天皇という存在は国民が自由にできるのだと。しかし悔しいことに昭和、平成と歴代の天皇陛下の日頃の活動が国民の尊敬と好感を引き寄せてしまった、残念至極。しかし国民よ、その気になれば、廃止できるんだよと、これはアジテーションであろう。思想信条の自由があるとはいえ、全国紙の記者が署名入りで扇動するとは。本ブログの表題「そうかそう言う考え方があったか」はこの記者の意見に賛成するものではない、このような極論さえも言えるならば、朝日の嫌悪する意見表明もしていいんだなと改めて思うのだが。たとえば国防の有り方として北朝鮮、中国に届くミサイルを保持することも、核兵器さえ保持する考え方を表明しても、反対反対のキャンペーンを朝日はしないんだろうな、単なる意見表明なんだからなと。しかしこの天皇に関する意見、朝日の本音がでたなと思う。

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