たまらない

子供の無残な死にたまらなくなる。運命論者ではないが、人はいつかは死ぬと判ってはいるが、それでも成人にははるかな歳でとなるとなあ。親の虐待、山での遭難、地震による思いもかけない事。東日本の震災以降、神の存在が信じられなくなった。普段特に信仰を持っていたわけではないが、それでも恐れる気持ちは心のどこかにあった。いや今でも恐れ敬う気持ちはあるよ、しかし、なんか信じられるものが無くなった虚しさだけがある。子供の死、それが大人の責任となれば、怒りを覚える、わざわざブロック屏の危険を指摘されていたのに、専門知識もないドシロートが金槌でコンコンはい異常ありません、責任を感じないのかね、市教育委員会はそのうち言うぞ、『重く受け止めております』と。そうじゃないだろう、身の処し方があるだろう。

 

 

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