とうとうやっちまったな

韓国の元徴用工判決、予想されていたとはいえ『とうとうやっちまったな』が正直な感想。マスコミも屁っ放り腰ながら様々な表現で報じている。しかしその表現方法が三つある。

1、パンドラの箱を開けた

2、賽は投げられた

3、ルビコン川を渡る

しかしこの判決が下された経緯を見ると(韓国司法の馬鹿さ加減は置いといて)1の「パンドラの箱を開けた」は、ちと用法が違うのでは?そもそもパンドラの箱に入っていたのは、人間のあらゆる俗悪な欲望であり、日本にとり徴用工は事実ではあるが、決して世に恥じるものではない(日本国民が国に労力を提供するのは義務であったから)、したがって箱はいつ開けても差し支えない話。2の「賽は投げられた」は様々な事態を想定し思い切って行動することを意味するが、韓国の今回の動きはそんな腰を据えた話ではない、裁判官自身の処世術に過ぎず、自分が良ければ国がどうなろうと知るか!!に尽きる。従って今回の事態にまあまあ近いのが「ルビコン川を渡る」ではないだろうか。もっとも、川の深さを完全に測り損ね、国自体が水没しつつあるが。とにかくその時代背景の中で時の政治家が決断したことを、全く違う現代の物差しで解釈すること自体無謀なことなのに。これこそ彼の国が言う『歴史を学ぶ』ことすらしない国であることの証明である。

 

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