法治主義?

社会生活を行う過程で、世間一般が持つ『常識』を皆が皆持つわけではない。又、常識とはいえ、絶対的なものではなく、多方が納得する目安に過ぎない。しかし、世の中、自分勝手に、自己に都合の良いように、他人への迷惑、害を無視する輩が必ず居る、それを公平に判断する目安として法律がある。法律の大本の精神は人間の性善説を拠り所にしていると思われる。しかし、この法律という代物、極めて厄介な面を持つ。事細かに全ての事象を網羅しているわけでわない。法に定めた枠を少しでも外れると、効力が無い。性悪な人間はこれを利用する。

産経ニュースでヤフオクに「壬申戸籍」の一部が出品されたという。現在の戸籍謄本には本籍地、続柄が記載されているだけだが「壬申戸籍」には他に身分、部落出身の経歴、更には前科の履歴まで記載されているとされ、当然ながら各地の法務局で封印され厳重に保管されているものである。百数十年前のものであろうが、現在の法律では公開を取り締まる術が無いという。『法務省の担当者は「戸籍に記載されている人はおそらく生存していないので、ただちに生存者の個人情報とはいえない」とした上で、「記載された人の子孫が画像を見てどう思うかを考えれば、やはりプライバシー上の問題がある」と人権上の配慮に理解を呼びかける。』(引用)。これこそプライバシー云々の問題ではないか。襟高ネエチャンの二重国籍がらみの戸籍開示とは次元が違う大問題である。法律は事象の発生後にしか制定されない。仮にご先祖様に何がしかの前科の履歴があった場合、普通に現本籍で暮らしている関係者はどう思う?日頃、人権、人権と声高に騒ぐ各地の『市民団体』の皆様は沈黙か?ヤフオクに徒党を組んで連日連夜の抗議活動してもこれは認める。

 

 

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