畳の上では、死なせない

真偽入り混じったウクライナからのニュース。何もできない個人にとり忸怩たる思いだけが募る。世界はこのまま、ウクライナを見捨てるんだろうなあ。いや、様々な援助をしているというかもしれないが、頭上にナイフをふりかざしている犯人に、遠くから「お前の銀行貯金を抑えたぞ、お前の店には今後商品を下ろさないし、買わないぞ、今後一切付き合わないからそのつもりでいろ」といくら叫ぼうが、頭上のナイフは止められない。このナイフを止められるかもしれないのは、力には力しかあるまい。理不尽というのは通り過ぎている、世界は未だ寝起きのぼんやりした頭でいるのでは。岸田総理の感情のない記者会見、触らぬ神に祟りなしと考えているのではないか?もう祈るしかない、『畳の上では、死なせない』と。これが無慈悲に殺されているウクライナ国民にはなんの慰めにもならないのは承知だが。しかし根拠がないわけではない。普通に他人を怒ることはしばしばだが、本当に頭の芯に怒りを感じたことがいくつか、過去にあっったが、その対象が偶然かもしれないが、突然死を迎えたことが、今でも記憶にある。

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