神々の沈黙

決してニヒルを気取る無神論者ではない。街中に神社仏閣があり、その前を通り過る時、幼い頃は立ち止まって頭を下げた記憶がある。長じて立ち止まって頭を下げることはなくなったが、胸の内で今も下げている。また、土地の人々が昔からの言い伝えとして行なっている習わしも十分尊重している。例え道端の石でさえも。武漢ウイルスの渦中、日本では想像もつかない、感染者と死者に怯える西洋では、果たしてこの厄介な騒ぎの渦中、一体神は何をしているのかと、一般信者はもちろん、当事者の神職にも疑問の声が上がっているという。そらそうだろう、正直に真面目に生活している人間に、この過酷な仕打ちは、神の御技というには限度を超えている。日本に生まれ様々な自然災害に見舞われ、最近では東日本大震災が、私自身にも果たして神はいるのだろうかと疑問を抱いたものだ。この理不尽な振る舞いから、『神はいない』と結論づけるしかなった。しかし神を信じる人々を非難するわけではない。弱い人間だもの、何かにすがりつきたくもなるさ。すがっていい、頼ってもいい、ただしあくまでもあなたの心の中でと。

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