見込み違いが更に見込み違い

まさか土壇場で小池が新党を自ら主導権とって立ち上げるとは自民党は予想もしてなかったんじゃないか?この時点で安倍首相はかなり危機感を持ったんじゃないだろうか。敵は民政党と思っていたのに、新し物好きの世間には希望の党は極めて魅力的に見え支持率も好位置につけたが、候補者の頭数揃える朝令暮改のドタンバタンで、下降気味。ここで少しは安堵感に浸ったかな。更にあっち系が分裂し立憲民主党なる集団ができ、更に安堵感が増しているのではないのか。それでも最初の解散の目論見からは2〜3割は予想外の動きで、安心はできないだろうな。何せ、かつて、かの民主党を選んだ国民が相手だもの。

陳腐な慣用句

新聞、TVには何気なく聞き過ごす慣用句が溢れている。その一つに『国民的議論』がある、何もあっち系ばかりではなく、政府、与党の発言にもしばしば登場するが、意味あるようで、何を指しているのか曖昧なフレーズでもある。ただ、あっち系の輩が使う場合、意味ははっきりしている。言い回しとしては『国民的議論が必要』『国民的議論を呼びそう』が代表的だろう。いずれも発言者、ないし著者がある事象に対し、不満タラタラであるが、具体的な意見を言いにくく何とか不特定の国民の間から不満の声をあげてほしいとの強い願望を表すある種のアジテーションである。これに半可通の輩が左右を見ながらおずおずと発言を始め、新聞の投書欄にぼちぼち掲載され始める。世の中こんなに異見があるとアリバイに使用し始める始末の悪さ。街の辻々で様々な異見を戦わせたら収拾がつかなくなるだろう。そこ議会制政治なるものがあるのだが、あっち系は都合の悪い時は一切無視。安倍政権に対し『独裁』なる言葉を頻繁に使うが、いやだったら選挙で勝てよ。選挙こそ唯一の『国民的議論』の場ではないのか。

 

 

 

 

格好つけてる場合じゃない

民進党、希望の党、あれだけ安倍政治の解散の大義を批判しながら、この体たらく。政治信条も国家観もあったものじゃない。明日の米びつを心配して、右往左往の有様。いかにうわべだけの政治信条であったことか、白日のもとに晒されている。自民、公明にも言えるが、政治家などと自称、他称するな、堂々と胸を張って政治屋と名乗ってほしい。世の中、魚屋、八百屋、荒物屋、料理屋、いくらでも自身の職業に矜持を持ち、世間を渡っている人間はいくらでもいる。政治に参加する人間だけが気取って「家」なんかつけるな。